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『蔓蔦かづら』
小さいわたしはあのころは
離れの小窓から見える椿が好きだった
冬なのに花が咲く不思議に戸惑った
あまりに花の色が赤すぎて
わたしがわたしでいられなくなった
我慢出来ず窓から手を伸ばして
触ってみたら、あっけらかんと地に落ちた
恐ろしくなって窓を閉じて硬い貝になった夕べ
西の斜面に沿って続く橙の木に百舌が鳴き
東の昏い丘に大きく立ち尽くす栗の木には烏
南の窪地に梅の花と兎 柿の木の下に猫が眠る
樅の木に燐寸で悪戯 あとはなのはななのはな
北の井戸はもう枯れたのか
果していないわたしのすべてを
腐れる前に棄てにいきたいのに
ああもう年をとりすぎて
井戸の在り処を忘れてしまった
あんなに椿の鮮烈を
心に染みつけているのに
あんなに木々の葉やなのはなの
そよぎを未だ知っているのに
井戸の在り処を忘れてしまった
この硬い蔓草が足に絡んで前へも進めない
重い空ののしかかるような冬らしさが
頭に背におもりをつけてわたしを捕らえる
どうか椿よ 離れの窓辺に咲く赤い花よ
御前はわたししか知らないだろう
御前がわたしを憶えているのなら
重くけぶる冬の今際の際に
その鮮烈なる赤い首を
最期にはあの裏の井戸に投じて
わたしの想いを果して呉れはしないだろうか
…などと調子づいた莫迦げた願いは
わたしが平静をなくしてしまう椿の前では
到底云えやしないだろう
蔓草に侵食される夜はせめてあの赤を想う
追憶と云う夢をすべて混ぜこんで
あの赤に溺れる夢を今夜は見よう
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