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虚実の狭間
『アイ・トリック』種村季弘:編 日本ブリタニカ1979年
『アイ・トリック』より

私が通っていた小学校の図書館に
『不思議図絵』というタイトル(だった筈!)の本があって
それは福田繁雄さんが、エッシャーやルネ・マグリットなどの
不思議な錯視の世界を紹介した内容のものであった記憶がある。
自分で『ルピンの壷』やフィッシャーの『男と少女』などの
錯視の模写をしたりして、はまり込んだ時期があった。
その影響か、今でも凝っていてグラフィカルな作品を見るのが好きである。



種村 季弘, 高柳 篤, 赤瀬川 原平
図説 アイ・トリック―遊びの百科全書

先日、古書店で『アイ・トリック』(種村季弘:編 日本ブリタニカ1979年)
という古書を手に入れた。種村さん、こんな本も編纂されていたのか。
amazonで見つけた上記写真の本は出版社を河出書房に変えて
他の執筆者も加え、再編集して出されたものらしい。
この本はどうやらシリーズ物らしく、全部で10巻出されている。
他の編集者の顔ぶれもなかなか豪華である。
巖谷国士は『暗号通信』、澁澤龍彦は『玩具館』、
寺山修司は『装置実験室』、岡本太郎は『迷宮幻想』など
本屋でならんでいたら全巻揃えたいいきおいだ。

 
今の時代ならば、きっと荒俣宏あたりが書いているのだろう。
 出ていたとしても、私はあまのじゃくなので多分、買わない。

さて、この『アイ・トリック』という本、
小学校ではまった『不思議図絵』にそっくり!!
大人向けなので文章は細かいけれど、「あの日」の感動が蘇った。
錯視の世界を説明すると、例えば月。
真上にある月は小さく見え、地平線や山に近付くと大きく見える。
月の大きさは変わらないにもかかわらず、比較対象があることによりおこる
人間の目というか、脳というか、思い込みによる錯覚なのである。
実際、人間の目なんていうのも曖昧なものだ。うろ憶えになるが
『Newton』の昨年のトピックスに、空の青色は実際は紫だとの記述があった。
これは今まで言われていた紫の波長が云々ではなく、
人間の目に関係するものらしい。
また脱線してしまったが、本書は、それら錯視や多義図形などの例が
古今東西を問わず、分りやすく紹介された良書である。
種村さんの本は、ドイツ文学の日本語訳はもちろん、文化史、美術史など
いつも分りやすく丁寧に書かれており、気が付くと私の本棚に
いくつも著作が並んでいたりする。これからもお世話になります。

 (追記:種村さんが2004年8月にご逝去されていたのをこれを書いてのち
 はじめて知った。好きだと書いておきながら、自分が情けない・・・。
 この場を借りて、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。)


これは人間の心にも置き換えられるものかも知れない。
気持ちの持ちようで、自分が良く見えてちょっぴり自信がもてたり、
逆に、何だか自分がちっぽけに見えて落ち込んだりしてしまう。
つい1時間前の自分と殆ど変わりはないにも関わらず、だ。
さらに比較対象が現れたりすると分りやすい。
自分より、スタイルの良い別嬪さんと一緒に写る写真とか
自分より、頭の回転の早い人に出会った時とかね。
比較対象がいなくても、チークをつけすぎてオテモヤンになった時とか、
ぱりっとした新しい洋服を着た時とか、自分に後から付属したものでも
自己評価が変わってしまったり。それって、かなり表面的。
でもまだまだ人間ができていないので、ちょっとだけ影響されてしまうのだ。
呑気な性格なのですぐ忘れてしまうけれど、学習能力もない。

「私」は「私」。の筈なのに
本来の自分がうまく把握できないなんて滑稽な話だ。
しかし、逆手にとってトリックばかり使う人生もつまらない。
錯覚に翻弄されながら生きてゆくのもまた一興。



ダグラス・R・ホフスタッター, 野崎 昭弘, はやし はじめ, 柳瀬 尚紀
ゲーデル,エッシャー,バッハ―あるいは不思議の環


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